経営者にとって、労働時間管理は「36協定違反で罰金を払わないため」の“守り”のコスト課題でしょうか? もしそうなら、その認識はもはや時代遅れです。現代の経営において、時間管理とは、従業員のエンゲージメントと生産性を最大化し、人的資本の価値を高めるための“攻め”の戦略的投資です。本記事では、経営者が今すぐ持つべき新しい時間管理の視点を提言します。
なぜ今、「守り」の勤怠管理だけでは勝てないのか
多くの企業が、36協定の上限規制を守るため、勤怠管理システムを導入し、残業時間にアラートを出すといった「守り」の施策に終始しています。もちろん、法令遵守は企業の最低限の責務です。
しかし、「残業させるな」というトップダウンの号令だけでは、現場は疲弊します。業務量は変わらないまま残業だけが禁止されれば、持ち帰り残業(サービス残業)が横行するか、従業員のモチベーションが著しく低下するだけです。
労働人口が減少し、人材獲得競争が激化する現代において、従業員のエンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)を損なうような「守り」だけの時間管理は、結果的に企業の競争力を奪っていきます。
時間管理を「コスト」から「投資」へ転換する視点
視点を変えなければなりません。従業員が費やす「時間」は、消費される「コスト」ではなく、価値を生み出す「戦略的資源」です。
「守り」の管理は、「時間をいかに減らすか」だけに着目します。
「攻め」の管理は、「時間をいかに価値ある業務に振り向けるか」に着目します。
従業員が、無駄な会議や非効率な事務作業に時間を奪われず、顧客対応やイノベーションといった高付加価値な業務に集中できているか。それをデータで把握し、環境を整備することこそが「人的資本経営」の本質であり、そのためのインフラが勤怠管理データなのです。
“攻め”の時間管理戦略:経営者が取るべき3つのアクション
では、具体的に「攻め」の時間管理とは何でしょうか。経営者は以下の3つのアクションを決断すべきです。
アクション1:労働時間の「量」ではなく「質」を可視化する
「月間残業時間が10時間減った」という「量」の報告で満足してはいけません。経営者が見るべきは、その内訳、すなわち「時間の質」です。
- 勤怠データと工数管理データを連携させ、「どのプロジェクトに時間がかかっているか」「高付加価値業務と低付加価値業務の比率はどうなっているか」を分析します。
- 「ムダな業務」に費やされている時間を特定し、それを削減するための業務プロセス見直し(BPR)やDX投資を断行します。
アクション2:「休ませる」から「パフォーマンスを高める休息」を設計する
「守り」の管理は、有給休暇の取得義務(年5日)をどうクリアするかを考えます。
「攻め」の管理は、従業員が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、戦略的に「休息」を設計します。
- 長時間労働が続いている部署や個人をデータで特定し、業務負荷が集中する前に、積極的に休暇取得を促したり、人員を補充したりします。
- 「休むこと=成果を出すための重要な仕事」というカルチャーを経営者自らが発信します。
アクション3:時間データを「評価」と「健康経営」に連動させる
勤怠データを、給与計算(コスト)のためだけに使うのは宝の持ち腐れです。
- 評価との連動:「長く働いた人」ではなく、「短い時間で成果を出した人」が正当に評価される仕組み(時間当たり生産性)を人事評価制度に組み込みます。
- 健康経営との連動:勤怠データは、最も客観的な従業員の健康バロメーターです。残業時間や出退勤時刻の乱れをストレスチェックやサーベイデータと掛け合わせ、メンタル不調の兆候を早期に察知し、産業医面談などに繋げます。(健康経営に関する他の提言記事はこちら)
経営者の決断:時間管理は「人事部マター」ではなく「経営マター」である
「残業削減」や「勤怠管理」を、人事部や管理職に丸投げしてはいけません。これは、自社の最も重要な資源である「人的資本」をどう活用するかという、経営戦略そのものです。
経営者であるあなたが、時間管理を「攻めの戦略」と位置づけ、そのためのデータ分析基盤(勤怠管理・工数管理システム)に戦略的に投資する。その決断こそが、エンゲージメントを高め、持続的な企業成長を実現する第一歩となります。
よくある質問(FAQ)
Q1: 「人的資本経営」と「時間管理」は、具体的にどう繋がりますか?
A1: 人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出す経営手法です。
「時間」は従業員が持つ最も基本的な資源であり、その時間を「何に使っているか(業務の質)」、そして「どう健康的に使えているか(労働時間と休息のバランス)」をデータで把握することは、人的資本の価値(=従業員のパフォーマンスやエンゲージメント)を測定・向上させるための不可欠な第一歩となります。
Q2: 時間の「質」を可視化するには、勤怠管理システムだけでは不十分ですか?
A2: はい、不十分なケースが多いです。
勤怠管理システムは「何時から何時まで会社にいたか(量)」は把握できますが、「その時間で何の仕事をしていたか(質)」は把握できません。そのため、プロジェクトやタスクごとに時間を入力する「工数管理システム」や「プロジェクト管理ツール」と勤怠データを連携させ、分析する必要があります。
Q3: 経営者として、まず何から手をつけるべきですか?
A3: まずは「自社の勤怠データが、経営判断に使える状態で可視化されているか?」を点検することです。
もし、人事部が給与計算のためだけにデータを使っているのであれば、それは「守り」で止まっています。人事部に対し、「勤怠データを分析し、生産性向上とエンゲージメント施策に活用する」という「攻め」のミッションを明確に与え、そのために必要な分析ツールへの戦略的投資を決断することが、経営者の最初の仕事です。

