退職勧奨がパワハラに?メドエルジャパン事件に学ぶ違法性の境界線 | 経営者のための労務リスク対策レポート 第8回

退職勧奨がパワハラに?メドエルジャパン事件に学ぶ違法性の境界線とリスク

はじめに:従業員を追い出すことの大きな代償

業績不振の従業員に対する「退職勧奨」は、経営判断の一環として行われることがあります。しかし、正当な業務指導と、退職を強要する違法な圧力との境界線は、経営者が考える以上に曖昧で危険です。本稿では、聴覚医療機器メーカー、メドエルジャパンの事件(東京地裁 令和5年4月28日判決)を題材に、一連の行為がどのようにしてパワーハラスメントと認定され、企業の「職場環境配慮義務」違反となるのかを解き明かします。

判例解説:メドエルジャパン事件におけるパワハラ認定された一連の行為

この事件で裁判所が問題視したのは、単一の出来事ではなく、時間をかけて行われた一連の圧力行為でした。具体的には、以下のような行為が複合的に行われました。

  • 執拗な退職勧奨:繰り返し、粘り強く退職を促す行為。
  • 業務上の必要性のない配転命令:合理的なビジネス上の理由がない配置転換。
  • 人間関係からの切り離し:意図的に情報を与えず、会議から外すなどして孤立させる行為。
  • 担当業務の剥奪:従業員から主要な業務を取り上げる行為。

これらの行為に対し、従業員はパワーハラスメントによって精神的苦痛を受けたと主張し、損害賠償を求めて提訴しました。裁判所は原告の主張を認め、会社の一連の行為は違法なパワハラに該当し、職場環境配慮義務に違反すると判断。会社に対し220万円の損害賠償を命じました。

退職勧奨が違法となる法的根拠:職場環境配慮義務違反とは

裁判所が下した判断の根底には、いくつかの重要な法的概念があります。第一に、裁判所は個々の行為を分離して評価しませんでした。問題とされたのは、これらの行為が組み合わさったことによる全体としてのパターンと累積的な効果です。一つひとつは業務命令の範囲内だとしても、それらが一体となって従業員を退職に追い込むという目的を持ったとき、違法性が生じるのです。

第二に、これは労働契約法に定められた企業の根源的な義務である「職場環境配慮義務」の違反とされました。企業は、従業員が心身ともに安全で健康に働ける環境を積極的に整備する義務を負っています。メドエルジャパンの行為は、この心理的安全性を積極的に破壊するものであったと認定されました。

第三に、これらの行為は、パワーハラスメントの法的定義、すなわち「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」という3つの要件を全て満たすと判断されました。業務上の必要性が乏しい配転や業務の剥奪は、明らかに「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」行為であり、その目的は従業員の就業環境を害することにあったと見なされたのです。

この判決は、従業員が自ら退職届を提出したとしても、その背景に企業からの不当な圧力があれば、それは「任意」の退職とは見なされないという厳しい現実を示しています。企業は、耐え難い状況を作り出しておきながら、従業員が「自発的に去った」と主張することはできません。裁判所は、形式的な退職届の裏にある実態を注視します。

この事件のリスクの本質は、マネジメントの「意図」にあります。もし、一連の指導や配置転換の目的が、従業員のパフォーマンスを改善し、成長を支援することであれば、それらは正当な業務指導と認められる可能性があります。しかし、その真の目的が従業員を追い出し、自主退職に追い込むことであれば、全く同じ行為が違法なハラスメントへと変貌するのです。このことは、企業に対し、業績改善計画(PIP)などが解雇のための単なる口実ではなく、真摯で、支援的で、かつ十分に記録されたものであることを保証する重い責任を課しています。


結論:高リスクなパフォーマンス面談を乗り切るために

メドエルジャパン事件の教訓から、経営者および管理職は、業績不振の従業員との面談において以下の点を徹底する必要があります。

  1. 「退職勧奨」のレッドフラッグを認識する:従業員の将来に関するいかなる対話も、退職という選択肢を提示するのではなく、あくまで改善と支援を中心に構成されるべきです。「君のためには、他の会社の方が良いかもしれない」といった発言は、極めて大きな法的リスクを伴います。
  2. 正当性の証拠を残す:業績改善計画(PIP)や配置転換といったパフォーマンス関連の措置は、必ず明確で文書化されたビジネス上の必要性に裏付けられていなければなりません。なぜこの措置が事業にとって、そして従業員の成長にとって必要なのかを客観的に説明できるように準備してください。
  3. 孤立させていないか確認する:対象の従業員が会議や情報共有の輪から意図的に外されていないか、常に注意を払ってください。これは、違法な圧力を示す典型的な兆候であり、絶対に避けなければなりません。
  4. 代替案を提示する:退職を促す前に、企業は再教育、別の役割への配置、専門家によるコーチングなど、他の解決策を模索し、提示する義務があります。これは、雇用関係を維持しようとする企業の誠実な努力を示す上で不可欠です。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です