36協定の上限規制を遵守することは、精神論や「早く帰れ」という掛け声だけでは不可能です。重要なのは、労働時間を正確に把握し、残業が上限を超えないよう管理し、割増賃金を正しく計算する「実務の仕組み化」です。本記事では、人事・給与計算の担当者が明日から実践できる5つのステップを、書式のヒントと共に解説します。
ステップ1:「労働時間」を客観的な方法で把握する
すべての基本は「労働時間の客観的な把握」です。従業員の自己申告(手書きの日報など)だけに頼るのは危険です。なぜなら、上司への遠慮などから実態より少なく申告する「サービス残業」の温床となり、後で未払い残業代のリスクに繋がるからです。
厚生労働省のガイドラインでも、以下の方法で「客観的記録」を取ることが求められています。
- タイムカード
- ICカード(Suica, PASMOなど)
- PCのログイン・ログオフ履歴
- クラウド型勤怠管理システムの打刻
まずは、自社の労働時間把握が「客観的」と言えるか点検してください。
ステップ2:残業申請と承認フローを明確化する
「従業員が勝手に残業している」状態は管理不能です。36協定を遵守するためには、残業を「許可制」にする必要があります。
- 従業員は、残業が必要な場合、事前に「残業申請書(時間、理由を明記)」を上長に提出する。
- 上長は、その必要性を吟味し、承認する。
- 人事部は、承認された残業時間のみを労働時間として集計する。
このフローを紙やExcelで運用するのは限界があるため、多くの企業が「勤怠管理システム」のワークフロー機能を利用しています。
ステップ3:時間外労働の「上限超過アラート」体制を構築する
36協定の複雑な上限(月45時間、年720時間、複数月平均80時間など)を、Excelや手計算で管理するのは非現実的です。
月末になって「Aさんが上限を超えていた!」と気づいても手遅れです。必要なのは、リアルタイムでのモニタリングです。
- 例:「残業時間が月30時間を超えた時点で、本人と上長に自動でアラートメールが飛ぶ」
このようなアラート機能を持つ勤怠管理システムを活用し、「超えそう」な段階で手を打てる体制を築くことが重要です。(勤怠管理に関する記事はこちら)
ステップ4:正しい「割増賃金」の計算方法(基礎単価と割増率)
把握した労働時間に基づき、正しく割増賃金(残業代)を計算します。計算ミスは、そのまま未払い残業代に直結します。
計算式: 割増賃金 = 1時間あたりの基礎単価 × 割増率 × 時間外労働時間
1. 基礎単価の算出
「1時間あたりの基礎単価」 = (月給 - 除外する手当) ÷ 1ヶ月の平均所定労働時間
ポイント:基礎単価から除外できる手当は、法律で厳格に定められています(家族手当、通勤手当、住宅手当など※)。これら以外の手当(役職手当、資格手当など)は、すべて基礎単価に含めて計算しなければなりません。
2. 割増率の適用
以下の割増率を正しく適用します。
- 法定時間外(月60時間まで):25%
- 法定時間外(月60時間超):50%
- 法定休日:35%
- 深夜(22時~5時):25%
給与計算ソフトの設定が古いままで、月60時間超の割増率が25%になっていないか、必ず確認してください。
ステップ5:定期的なモニタリングと36協定の見直し
36協定は、一度届け出たら終わりではありません。協定には「1年間」などの有効期間があります。毎年、実態に合わせて見直しが必要です。
- 残業時間の上限設定は、実態と乖離していないか?
- 特定の部署や個人に負荷が集中していないか?
勤怠管理システムで集計したデータを分析し、業務平準化や人員配置の最適化に役立て、次年度の36協定締結に活かします。
【コラム】実務で管理すべき「書式テンプレート」とは?
タイトルに【書式テンプレートあり】とありますが、法令遵守のためには、単に「36協定届」の雛形があるだけでは不十分です。実務上、以下の管理台帳を整備・運用することが望まれます。
- 労働者名簿・賃金台帳(法定三帳簿)
- 出勤簿(タイムカード等)
- 残業申請書・承認記録(紙またはシステム)
- 時間外労働・休日労働 管理台帳(従業員ごとに月別・年別の上限を管理)
- 有給休暇管理簿(年5日取得義務の管理)
これらをExcelで個別に管理するのは非常に煩雑なため、勤怠管理システムや給与計算システムで一元管理することが、現代の実務ではスタンダードとなっています。
よくある質問(FAQ)
Q1: 自己申告制の勤怠管理は、やはりダメなのでしょうか?
A1: 原則として認められません。
厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」で、使用者が「自ら現認」するか「客観的な記録(タイムカード、PCログ等)」を基礎とすることを求めています。自己申告制は、やむを得ない場合にのみ、実態調査を行うなどの措置とセットで認められる例外的な方法です。
Q2: 残業代計算の「基礎単価」に、住宅手当は含めなくてよいですか?
A2: 内容によります。注意が必要です。
基礎単価から除外できる住宅手当は、「住宅に要する費用に応じて算定される手当」とされています。例えば、「賃貸居住者には家賃の30%(上限3万円)、持家居住者には1万円」といった、費用(実態)に応じて支給額が変わるものは除外できます。しかし、「扶養家族の有無や居住形態に関わらず、一律2万円」といった手当は、除外できず基礎単価に含める必要があります。
Q3: 「月60時間超」の残業時間は、どうカウントすればよいですか?
A3: その月の「法定時間外労働」の合計でカウントします。
例えば、ある月の法定時間外労働が合計70時間だった場合、60時間までの部分は25%割増、60時間を超えた10時間分の部分が50%割増となります。このカウントには、「法定休日労働」の時間は含まれません(休日労働は別で35%割増で計算)。

