多くの経営者が陥る「残業は悪。とにかく減らせ」という指示は、時に従業員の士気を下げ、企業の成長を阻害します。この記事では、法遵守という“守り”の労務管理から一歩進み、労働時間データを活用して従業員エンゲージメントと企業価値を高める“攻め”の時間管理戦略を提言します。経営者が今すぐ下すべき決断とは何か、本質的な問いを投げかけます。
なぜ「残業ゼロ」を目指すだけではダメなのか?
もちろん、違法な長時間労働や非効率なダラダラ残業は撲滅すべきです。しかし、すべての残業が「悪」なのでしょうか?
- 新しいスキルを習得するために、自発的に学習している時間
- 重要なプロジェクトの納期前で、チーム一丸となって集中している時間
- 顧客への価値提供を追求し、より良い成果を目指している時間
これら意欲的な活動まで一律に禁止してしまうと、従業員の成長意欲や貢献意欲を削ぎかねません。また、表面的に残業が減っても、仕事を持ち帰る「隠れ残業」が増えたり、必要な業務が終わらずにサービス品質が低下したりするだけでは本末転倒です。経営者が目指すべきは、単純な残業時間の削減ではなく、労働時間の「質」を高めることです。
守りの労務管理から「攻めの時間管理戦略」への転換
これまでの労働時間管理は、法規制を遵守し、リスクを回避するための「守りの活動」と捉えられがちでした。しかし、これからの時代に求められるのは、時間管理を企業の競争力を高めるための「攻めの戦略的投資」と再定義することです。
これは、昨今注目される「人的資本経営」の考え方そのものです。従業員の労働時間という貴重なリソースを、いかに価値創造に繋げ、エンゲージメントを高め、持続的な成長の原動力とするか。その鍵を握るのが、経営者主導の“攻め”の時間管理戦略なのです。
“攻め”の時間管理がもたらす3つの経営メリット
メリット1:生産性の向上とイノベーションの創出
労働時間データを分析し、「どの業務に時間がかかっているのか」「部署間でどのような連携ロスがあるのか」を可視化することで、的確な業務改善が可能になります。非効率な作業から解放された従業員は、より付加価値の高い創造的な仕事に時間を使えるようになり、イノベーションが生まれやすい土壌が育ちます。
メリット2:従業員エンゲージメントの向上と離職率の低下
会社が自分の「時間の使い方」に関心を持ち、成長を支援してくれていると感じることで、従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)は高まります。1on1ミーティングなどで労働時間データを見ながら「業務負荷は高すぎないか」「どんな仕事に挑戦したいか」といった対話を行うことは、まさにエンゲージメント向上のための有効な施策です。エンゲージメントの高い組織は、ハラスメントなども起こりにくく、離職率が低いことが知られています。
メリット3:企業価値の向上と投資家へのアピール
人的資本に関する情報開示が義務化される中、従業員の労働時間やエンゲージメントに関するデータは、投資家が企業の中長期的な成長性を判断する上で重要な指標となります。時間管理戦略を通じて「従業員を大切にし、その成長に投資している企業である」ことを具体的に示すことは、資金調達や企業評価において強力なアピールポイントになります。
経営者が今すぐ着手すべき3つのアクション
では、具体的に何から始めるべきでしょうか。経営者がリーダーシップを発揮して推進すべきは、以下の3つです。
- 労働時間データを「経営指標」として分析する: 毎月の役員会で、売上や利益と同じように、部署別の総労働時間や一人あたり残業時間、有給休暇取得率などを報告・議論する場を設けてください。数字の裏にある組織の健康状態を読み解くことが第一歩です。
- 「時間の使い方」に関するビジョンを従業員と共有する: 「我が社は、従業員が挑戦と学習に時間を使える会社を目指す」「不要な会議や報告書をなくし、顧客と向き合う時間を増やす」といった、経営者としての明確なビジョンを発信し、従業員を巻き込んでください。
- IT投資を惜しまず、管理職をエンパワーメントする: 正確なデータを取得し、分析するための勤怠管理システムへの投資は不可欠です。そして、そのデータを活用して部下のマネジメントを行う管理職に対し、権限とサポートを与え、彼らがチームの生産性とエンゲージメントを高められるように後押ししてください。
まとめ:時間管理を制する者が、未来の経営を制する
「残業させるな」と号令をかけるだけの時代は終わりました。これからの経営者には、労働時間をコストとして管理するのではなく、人的資本という最も重要な資産を最大化するための戦略的視点が求められます。従業員一人ひとりの「時間」を、企業の未来を創るための「投資」と捉えること。その決断こそが、変化の激しい時代を勝ち抜くための、最も確かな一手となるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 経営者として、労働時間データで特に注目すべき指標は何ですか?
A1. まずは「総労働時間」「法定外残業時間」「有給休暇取得率」の3つを定点観測しましょう。次に「部署別・個人別の残業時間のばらつき」に注目します。特定の部署や個人に負荷が偏っている場合、それは組織の構造的な問題を示唆しています。
Q2. 「攻めの時間管理」を実践している企業は、どんな取り組みをしていますか?
A2. 例えば、勤怠データとプロジェクト管理ツールを連携させ、プロジェクトごとの工数と利益率を分析している企業があります。また、1on1で勤怠データを見ながらキャリアプランについて話し合ったり、残業が少ないチームを表彰してノウハウを共有したりする取り組みも有効です。
Q3. 従業員のエンゲージメントを測る簡単な方法はありますか?
A3. 定期的に簡単なアンケート(パルスサーベイ)を実施するのが一般的です。「現在の仕事にやりがいを感じていますか?」「上司はあなたの成長を支援してくれていますか?」といった数問の質問に答えてもらうことで、組織の健康状態を把握できます。労働時間データと掛け合わせて分析すると、より深い洞察が得られます。

